秋の声に耳を澄ませる。
処暑の次候、七十二候は「天地始粛(てんちはじめてさむし)」。
これも暑さが落ち着く時季という意味。
日中はまだ蝉の声がしますが、朝晩には秋の虫の声が少しずつ聞こえるようになりました。
暑さで淀んでいた空気がだんだん澄んできたからか、
その声は蝉よりも響くような気がしませんか。
それはきっと人が秋を待っているから。
聞きたいものに心がおのずと向くからなのかもしれません。
Ki-No-Otonai
vol.14
Shosho
2024.8.22 ― 9.6
処暑の「処」は落ち着くという意味で、
暑さが収まりはじめる頃をいいます。
まだ日中は残暑が厳しいですが、
朝晩はやや涼しさが感じられるように。
ほんとうにゆっくりとですが、
日に日に秋へと近づいていく、
そんな初秋の気配を探したくなるこの頃です。
処暑の次候、七十二候は「天地始粛(てんちはじめてさむし)」。
これも暑さが落ち着く時季という意味。
日中はまだ蝉の声がしますが、朝晩には秋の虫の声が少しずつ聞こえるようになりました。
暑さで淀んでいた空気がだんだん澄んできたからか、
その声は蝉よりも響くような気がしませんか。
それはきっと人が秋を待っているから。
聞きたいものに心がおのずと向くからなのかもしれません。
処暑の末候は「禾乃登(こくものすなわちみのる)」といい、稲が実る時季です。
稲穂が膨らみ頭を垂れるようになると、風に揺られそよぐ音が聞こえるようになります。
それもまた秋の声。
虫や鳥、梢に草花、風も雨も土も、みんな音ではなく「声」として聞いたのは、人が自然を生命あるものとして向き合ってきたからなのでしょう。
まだ小さな声に季節の歩みを知る。
四季ある国の人の小さな喜びです。
この頃になると、地域によっては田んぼや野原に赤とんぼの姿が見られます。
とんぼの種類はさまざまで、春や夏に活動するものもありますが、やはり、とんぼといえば秋。
夕焼け空に舞う赤とんぼを想起させるのは幼い頃の唱歌が染みているからでしょうか。
どこか懐かしさをおぼえる、日本の秋の風物詩です。
とんぼは稲につく虫を捕食することから、古くから稲作をしてきた日本人は頼もしい益虫として親しんできました。
勇猛に獲物を捕らえる強さと、ひたすら前へ飛び後退しないことから、戦国のもののふたちは、とんぼを「勝虫(かつむし)」と呼び、武運長久を願い武具にその装飾や模様を施しました。
武家に受け継がれたとんぼの模様は、庶民の間にも広まりさまざまな工芸に用いられ、長い歴史を経た今でも受け継がれています。
剣を手にせずとも、現代においても人生のあらゆる局面で、人はそれぞれ戦いを迎えるもの。
目標や難題に果敢に挑んだり、自分自身に打ち克とうとする熱い志には、とんぼ模様の印伝を。
日々手にする暮らしの道具から、少しでも心を鼓舞することができるなら。
印傳屋はそんな想いで日本伝統のとんぼ模様を印伝とともに受け継いでいます。
「とんぼ」模様の印伝は、形や色の組み合わせがさまざま。上記以外の商品については、印傳屋直営店へお問い合わせください。
頰を撫でるそよ風に、
ふと見た野辺の草花に、季節を知る。
あめつちの間で、ひとは千年以上も前から
季の趣を細やかにとらえ、
風物や自然の恵みを愛おしんできました。
一日一日を過ごす時の流れは、
むかしほど緩やかではない
かもしれませんが、
その感性は今も誰の心にもあるものです。
季節の移ろいと、そこに寄り添い
生きてきた
日本の暮らしと文化をなぞり、
日本人のひとつの感性として
生み出してきた印伝とともに
二十四の季をみなさまと
めぐってまいりたいと思います。